ベトナム戦争
今回のホーチミンの滞在でベトナム戦争について理解が深まった。それをリポートしたい。 ベトナム戦争といえば、アメリカ軍が枯葉剤を使用して、のちに奇形児がたくさん生まれたというニュースが有名である。
簡単にまとめると、資本主義陣営と共産主義陣営での冷戦時の戦いである。当時、アメリカはドミノ理論と呼ばれる共産主義がドミノのように各国に広まっていくことを危惧しており、ベトナム戦争に介入した。 1965年にアメリカ軍が軍隊の派遣を開始してから、ベトナム軍はゲリラ戦などで対抗した。終戦は、1975年。約10年間も耐えしのいだのだ。今回、クチトンネルなどの訪問を通して、その対抗の仕方がよく分かった。
ベトナム戦争博物館では、当時のアメリカ兵による残虐な殺害の様子などが写真や模型で展示されている。
特に日本人向けには、一階エリアがほとんど日本がアメリカの戦争介入に反対しているポスターがずらりと並べてあるので興味深い。
日本の共産党の党代表が訪ベトナムしたとか、そういう記事もたくさんある。
枯葉材による奇形児の写真などは、戦争の悲惨さを物語っている。
建物の外には、アメリカ軍の戦闘機等が展示されている。
クチトンネル
戦争博物館では、アメリカがどれだけひどい仕打ちをしたかということがメインであったが、一転してベトナム人誇りの場所、クチトンネルという地下道を見学しに行った。
ホーチミンから、バスツアーで1時間半ほど道路を走ると見えてくる。
ここは、長さ200kmもある非常に複雑に張り巡らされた軍事用トンネルである。当時、ジャングルの中でアメリカ軍はゲリラ攻撃に参っていた。そこで、枯葉剤を使い、ジャングルを消滅させるのだが、実はベトナム軍は地下にいたのである。しかも、全く一目ではわからない狭く小さな入口を作ってアメリカ軍が入ってこられないようになっていた。こんな入り口では、体の大きな欧米人では入れない。
ツアーを担当していたおじさん。英語で笑いをとっていた。ベトナムは、中国とは戦いたくない、日本やフィリピンは仲間だ。などとツアー参加者の様子を見ながら嬉しそうに話していた。
トラップの一つ。実際は落とし穴に落ちるとこういう針が足に刺さるようになっていた。
こういったトラップを駆使することでアメリカ軍を疲弊させたのだ。
女性も軍の戦力として当時は戦っていた。
トンネル内部
暗く狭い。アジア人の私でも非常に狭くむし暑く感じた。欧米人観光客は、もちろん音を上げていた。
アジアでもベトナムと日本は、あのアメリカを相当苦しめたといわれている。
ベトナムの強さの秘訣は、あきらめない姿勢と工夫であったように思う。戦争自体は評価できるものではないが、あきらめないという精神はいつの時代も大事であると思う。